借地権の相続放棄で建物と地主はどうなる?「地主に返す」前に確かめたい借地権の価値を不動産鑑定士が解説
借地権を相続放棄すると建物と地主との関係はどうなるのか。借地権だけは放棄できない仕組み、放棄前に建物を壊してはいけない理由、相続財産清算人、地主に返す合意解約と建物の扱い、放棄と売却の損得を不動産鑑定士が解説します。

親が借地の上に建てた家に住んでいたが、亡くなった後は誰も住む予定がない。古い建物の解体費や地代の負担を考えると、借地権は相続放棄して地主に返してしまいたい。借地人様のご家族から、こうしたご相談をいただくことがあります。「相続放棄すれば建物も地主のものになるのか」「地主に何か請求されないか」と不安に思っている方も多いのではないでしょうか。
結論からお伝えします。借地権の相続放棄は、借地権を地主に返す手続ではありません。相続放棄をすると、借地権だけでなく預貯金を含むすべての財産を受け取れなくなり、借地権と建物は次の順位の相続人か、相続人がいなくなれば家庭裁判所が選ぶ相続財産清算人のもとで処理されます。一方、相続したうえで地主に借地権を買い取ってもらう、あるいは第三者に売るという道もあり、借地権に価値があれば、放棄するよりも手元に残る金額が多くなる場合があります。
この記事では、借地権の相続放棄をしたときに建物と地主との関係がどうなるか、「地主に返す」方法との違い、判断の前に借地権の価値を確かめるべき理由を、想定されるケースの試算を使って私たち鑑定士が整理します。
借地権の相続放棄とは何か
借地権だけを放棄することはできない
相続放棄とは、家庭裁判所に申述して、最初から相続人でなかったことにする手続です(民法第938条・第939条)。放棄の対象は相続財産の全体で、「借地権と建物だけは要らないが、預貯金は受け取りたい」という選択はできません。借地権は財産的な価値を持つ権利として相続の対象になりますので、放棄すれば借地権も建物も、他の財産と一緒に手放すことになります。
逆に言えば、相続放棄が向いているのは、借金などの負債が財産全体を上回る場合です。借地権と建物を手放したいという理由だけで相続放棄を選ぶと、本来受け取れたはずの財産まで失うおそれがあります。
期限は「相続を知った時から3か月」
相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければなりません(民法第915条第1項)。この期間内に相続財産を調査することができ(同条第2項)、調査に時間がかかる場合は家庭裁判所に期間の伸長を請求できます。期間内に放棄も限定承認(相続した財産の範囲内でだけ負債を引き継ぐ方法)もしなければ、単純承認(すべての財産と負債を引き継ぐこと)をしたものとみなされます(民法第921条第2号)。
放棄の前にしてはいけないこと
相続人が相続財産を処分すると、単純承認をしたものとみなされ、その後は相続放棄ができなくなります(民法第921条第1号)。借地の場面では、次のような行為に注意が必要です。
| 行為 | 注意点 |
|---|---|
| 建物の解体 | 相続財産の処分にあたるおそれが高い |
| 借地権付き建物の売却 | 処分にあたり、放棄ができなくなる |
| 地主との合意解約 | 借地権を手放す処分にあたるおそれがある |
| 雨漏りの応急修理など | 保存行為として認められる場合がある |
「地主に迷惑をかけないように、先に建物を壊して更地で返そう」と考える方がいますが、これは相続放棄を考えている段階では避けるべき行動です。どの行為が処分にあたるかは個別の判断になりますので、迷ったときは行動する前に弁護士にご確認ください。
借地権を相続放棄したら建物と地主との関係はどうなるか
次の順位の相続人に権利が移る
相続放棄をした人は、初めから相続人とならなかったものとみなされます(民法第939条)。子が全員放棄すれば、借地権と建物は親や祖父母、さらに兄弟姉妹といった次の順位の相続人に移ります。放棄をしたことで、親戚に借地権と建物の問題を引き継がせてしまうことがある点は知っておきましょう。
また、地主にとっては、放棄をした方は借地契約の当事者ではなくなります。放棄後に地主から地代の支払を求められた場合は、放棄が受理されたことを伝え、家庭裁判所が発行する相続放棄申述受理証明書を示すとよいでしょう。
相続人が誰もいなくなると相続財産清算人が処理する
相続人全員が放棄すると、相続財産は法人となり(民法第951条)、地主などの利害関係人の請求によって家庭裁判所が相続財産清算人を選任します(民法第952条第1項)。2023年4月1日施行の民法改正で、従来の「相続財産管理人」はこの名称に改められました。
相続財産清算人は、借地権付き建物を売却して負債の支払に充てたり、地主との間で契約の終了や建物の扱いを話し合ったりします。地主の側から見ると、清算人の選任を申し立てるには予納金などの費用と時間がかかります。借地人の相続人全員が放棄した借地は、地主にとっても処理に手間のかかる案件になるのです。
放棄しても建物の保存義務が残る場合がある
2023年4月1日施行の改正民法第940条第1項により、相続放棄をした人は、放棄の時に相続財産を現に占有しているときは、次の相続人や相続財産清算人に引き渡すまで、自己の財産と同一の注意をもってその財産を保存しなければならないとされました。
親と同居していた建物にそのまま住んでいる場合などは、放棄しても直ちに建物と無関係になるわけではありません。建物が老朽化している場合の管理の範囲など、具体的な対応は弁護士にご確認ください。
「地主に返す」方法と建物の扱い
地主に返すには相続したうえで合意解約する
借地権を地主に返したい場合は、相続放棄ではなく、相続したうえで地主と合意して借地契約を終わらせる(合意解約)のが一般的です。合意解約では、いつ返すか、建物を取り壊すか、地主が借地権や建物を買い取るかなどを、すべて話合いで決めます。
借地権が戻れば地主は土地を完全な所有権として使えるため、借地権には地主にとっての価値があり、無償で返す必要があるとは限りません。地主に借地権を買い取ってもらう場合の価格の考え方は借地権を地主に買い取ってもらう相場で解説しています。
原則は建物を取り壊して更地で返す
借地契約が終了すると、借地人は土地を原状に復して返す義務を負い、借地上の建物は借地人が取り壊すのが原則です(民法第622条で準用する第599条第1項、第621条)。合意解約で地主が建物の取壊しを求めれば、解体費用は借地人の負担になるのが一般的です。
一方、建物がまだ使える場合は、地主が建物ごと引き取ることに合意することもあります。建物を残すか壊すかで借地人の負担は大きく変わりますので、解体見積と、建物を残した場合の利用価値の両方を確認したうえで交渉に臨みましょう。
建物買取請求権が使えるのは期間満了で更新がないとき
借地借家法第13条第1項は、借地権の存続期間が満了し、契約の更新がないときに、借地人が地主に建物を時価で買い取るよう請求できると定めています(建物買取請求権)。合意解約では、建物を買い取るかどうか、いくらで買い取るかは合意で決めることになり、この請求権を前提にした交渉はできません。
また、最高裁昭和35年2月9日判決は、借地人の債務不履行で借地契約が解除された場合には、借地人は建物買取請求権を持たないとしています。相続後に地代を滞納して解除されると、建物の買取を求めることもできず、取壊し費用だけが残るおそれがあります。地代は相続後も支払い続け、話合いで条件を決めることが大切です。建物買取請求権の「時価」については借地権の建物買取請求権とはで詳しく解説しています。
鑑定士の視点:相続放棄の前に借地権の価値を確かめる
借地権には財産としての価値がある
不動産鑑定評価基準は、借地権の価格を、借地借家法に基づいて土地を使用収益することにより借地人に帰属する経済的利益(土地を長期間安定して使える利益や、実際に支払う地代が適正な地代より低いことによる利益など)を貨幣額で表したものと位置づけています。そして借地権の取引慣行が成熟している地域では、取引事例に基づく価格や借地権割合による価格などを関連づけて求めるとしています。都市部の住宅地では借地権が売買されることも多く、古い建物が建っていても、借地権そのものに数百万円から数千万円の価値が認められる場合があります。
相続放棄をすれば、この価値も手放すことになります。負債が多いのか、借地権の価値がどの程度あるのかを比べずに放棄を決めるのは避けたいところです。
想定されるケースで比べる
以下は説明のための仮の数値です。親が借地上の木造住宅に住んでいて、相続人は子1人、預貯金300万円、借金(カードローンなど)800万円が判明したとします。
| 選択肢 | 借地権・建物から得る額 | 手元に残る額の目安 |
|---|---|---|
| 相続放棄 | 0円 | 0円(借金も負わない) |
| 相続して地主に借地権を買い取ってもらう | 1,500万円 | 約1,000万円 |
| 相続して第三者に売る | 1,700万円(承諾料等を差し引いた後) | 約1,200万円 |
| 相続して建物を取り壊し無償で返す | マイナス200万円(解体費) | マイナス約700万円 |
相続して借地権を売れれば、借金800万円を支払っても手元にお金が残ります(売却にかかる税金や仲介手数料などは考慮していません)。このケースで相続放棄を選ぶと、借金は免れても、約1,000万円以上の価値を手放すことになります。反対に、建物を壊して無償で返す以外に方法がない場合には、相続放棄のほうが負担は軽くなります。
つまり判断の分かれ目は、借地権をいくらで売れるかにあります。借地権の価格は、所在地、借地権割合(土地の価格のうち借地権が占める割合)、残りの契約期間、地代の水準、旧法借地権かどうかなどで大きく変わります。売却時の税金については税理士にご確認ください。
借地権の価値が低くなりやすいケース
すべての借地権に大きな価値があるわけではありません。次のような場合は、借地権の価値が低く、相続放棄が合理的な選択になることもあります。
- 地方や郊外で、借地権の取引がほとんど行われていない地域
- 地代が周辺の水準と比べて高く、借地人の経済的な利益が小さい
- 契約期間の満了が近く、地主から更新を拒まれる可能性がある
- 建物の老朽化が進み、解体費用が借地権の価値を上回る
借地権の価格の決まり方は借地権付き建物の売買相場はどう決まるもあわせてご覧ください。
相続放棄か売却かを判断する進め方
ステップ1:3か月の期限内に財産と負債を洗い出す
まず、預貯金、借金、借地契約書、地代の領収書、建物の登記事項証明書を集めます。借地契約の残りの期間、地代の額、旧法借地権かどうかを確認し、負債の総額と比べられるようにしておきましょう。期限内に調べきれない場合は、家庭裁判所に期間の伸長を請求します。
ステップ2:借地権の価格の目安を把握する
借地権を地主に買い取ってもらう場合と、第三者に売る場合の価格の目安を把握します。当事務所は宅地建物取引業者ではないため、売買の仲介や買取は行っていませんが、中立の立場から借地権の価格をお示しします。金額の目安を知るための価格等調査報告書が15万円〜、地主や裁判所に提出できる借地権の鑑定評価書が40万円〜、地主や買取業者から示された金額の検証(セカンドオピニオン)が5万円〜です(いずれも税別)。詳しくは料金をご覧ください。
ステップ3:放棄するか、相続して交渉・売却するかを決める
借地権の価値が負債を上回るなら、相続したうえで地主との買取交渉や第三者への売却を検討します。売却には地主の譲渡承諾が必要で、承諾が得られなければ裁判所に承諾に代わる許可を求める借地非訟の手続があります(借地借家法第19条)。相続や放棄の手続、限定承認を選ぶべきかどうかは弁護士に、相続税については税理士にご確認ください。
まとめ
借地権の相続放棄は、借地権を地主に返す手続ではなく、すべての財産と負債を手放す手続です。「借地と古い家が負担だから」という理由だけで放棄を決める前に、借地権にどれだけの価値があるかを確かめることが大切です。
要点を振り返ります。
- 相続放棄では借地権だけを手放すことはできず、期限は相続を知った時から3か月以内(民法第915条)
- 放棄前に建物を解体・売却すると単純承認とみなされ、放棄できなくなるおそれがある(民法第921条)
- 放棄すると借地権と建物は次の順位の相続人へ、相続人がいなければ相続財産清算人のもとで処理される
- 地主に返すには相続したうえで合意解約するのが一般的で、建物は取り壊して返すのが原則
- 借地権に価値があれば、地主への買取や第三者への売却で放棄より多くの財産を残せる場合がある
親から借地権と建物を相続し、放棄するか売却するかで迷っている借地人様(借地人様へ)、借地人の相続人から借地の返還を申し出られた地主様(地主様へ)に、借地権の価格を中立の立場からお示しします。
借地権の相続放棄や地主への返還を検討している相続人様・地主様、借地の相続案件を扱う士業の先生は、当事務所の初回無料相談をご利用ください。ぜひ一度ご相談ください。
REFERENCES
免責事項
本記事は不動産鑑定評価の観点からの一般的な情報提供を目的としています。個別の税務に関する助言は税理士、法務に関する助言は弁護士など各専門家へお問い合わせください。記載内容は執筆時点の情報に基づいており、最新の制度・判例等により取り扱いが変わる可能性があります。
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